堀口一史座七段の奇行に見るニッカンスポーツ・コムの間の持たせ方

以前拙blogコメント欄であった顛末。朝日新聞デジタルやニッカンスポーツ・コムといったニュースサイトでは、発表モノや発生モノの記事で、自社の記者が原稿を書き上げるまでの間、通信社から配信を受けた記事を掲載して間を持たせることもある、という趣旨のコメントを頂いたことがあったのですが、その例として挙げた記事がその説の補強に適っているとは思えず、言ってることがよくわかりません、という返事を2度も返しました。
ところが、この度その説を裏付けるニュースを発見したので、お詫びかたがたニッカンスポーツ・コムが事件が発生してから自社の記者が原稿を書き上げるまでの間どのように間を持たせているかを辿ってみたいと思います。


事件は7月2日午前9時57分ごろに大阪市関西将棋会館で起きました。
大阪市の関西将棋会館での順位戦C級1組2回戦。堀口一史座七段が対局場入りの際、報道陣のカメラに向かって踊るようなポーズ。奥は静かに待つ藤井聡太七段 ― スポニチ Sponichi Annex 芸能
堀口一史座(ほりぐち・かずしざ)七段は棋戦の優勝経験もありそれなりの実力を持つ棋士です。しかし話題の藤井聡太七段との初対局ということで奇襲じみたことをやってみたみたいです。しかしたったの1時間23分、47手で藤井七段に敗れてしまいました。ネット上では奇行だとか病気だとかいう文字が躍っています。
私はこの件をiモードのスポニチ配信のニュースで知りました。では私が長年愛読している日刊スポーツのweb、ニッカンスポーツ・コムではこれをどう扱っているか。社会ニュースの一覧を見ると7月2日のニュースとして4件の記事がありました。

  • 社会 藤井七段厳しい表情 堀口七段が人為的ハプニング[7月2日 17:24]
  • 社会 藤井七段が異例の午前中勝利 堀口七段が早々の投了[7月2日 17:22]
  • 社会 藤井七段「あまりない形」堀口七段にスピード勝ち[7月2日 12:34]
  • 社会 藤井七段が異例の午前中勝利 堀口七段が早々の投了[7月2日 11:33]

同じタイトルの記事が昼前と夕方にあることが分かります。昼前の記事は藤井七段の勝利を伝える短い共同通信が配信した記事、夕方の記事は藤井七段の勝利、堀口七段の奇行(ニッカンでは人為的ハプニングと表記)、順位戦の説明の3段落からなる少し長くなった、たぶん自社記者が書いた記事です。この記事が出た後に、人為的ハプニングについて伝える記事が出ています。
ひとつおかしいのは、人為的ハプニングについて伝える記事は藤井七段の勝利を伝える同じタイトルの記事の夕方のほうとほぼ同じ内容なのですが、『持ち時間は各6時間となる。通常なら夜遅くの決着となる。』と締められており、まるでまだ対局が決着していないかのようです。午前中に決着したという記事が先に出ているのに。
ネットニュースではどうなんだろうと思ってYahoo!ニュースを見ると、人為的ハプニングの記事がありました。
headlines.yahoo.co.jp
クリックすると、Yahoo!ニュースの記事には『7/2(火) 11:02配信 』とあります。しかし、先に述べた通りニッカンスポーツ・コムではこの記事は『7月2日 17:24』にアップされたことになっています。2つの記事の内容はほぼ同じです。つまり対局の決着が着く前に一度アップされ、その後夕方までに記事を書きなおしたら決着がついた記事よりも公表が後になってしまった、ということ? しかしYahoo!ニュースの記事は文末に『最終更新:7/3(水) 14:37』とあります。当日の夕方どころか翌日の午後までにまた何か別の書き直しポイントがあったというのでしょうか。それが具体的にどこなのか私には分かりません。


別の観点から眺めてみます。
藤井七段が勝ったという記事はお昼過ぎにアップされています。(共同)のクレジットが無いので自社記者が書いたのでしょう。この記事の写真を撮った人の名前は『(撮影・松浦司)』と書かれています。この名前をググると同名の役者さんしか出てきません。昼前の共同通信が配信した記事の写真を撮った人の名前は『(撮影・松浦隆司)』。この方でググるとニッカンの社会・芸能の記事がずらっと並ぶのでこの方は日刊スポーツのカメラマンさんでしょう。『(撮影・松浦司)』は『(撮影・松浦隆司)』の誤りかもしれない。自社のスタッフの名前をミスるか?
するってーと、共同の記事に自社の写真をつけて一報を挙げたのかい? そして、その記事の脚注がまたおかしい。どう見ても互いに駒を並べているところなのだが『対局室に入るなり、ポーズを決める堀口一史七段(右)、藤井聡太七段(左端)』と書いてある(座の字が抜けているのは原文ママ)。本来ああいうパフォーマンスはスポーツ新聞向けで実際スポニチはwebに挙げているのだけど、ニッカンはひょっとして差し替えたのではないか。
ニッカンの夕方の2つの記事とYahoo!ニュース掲載の記事に出ている写真は同じ写真です。互いに駒を並べているところ。それって昼前の記事と同じ写真にしか見えない。でも撮影者は別の人の名前になっている。
本来なら『人為的ハプニング』という見出しの記事には「対局室に入るなり、ポーズを決める堀口一史座七段」という写真が付いているほうが内容が合っているような気がします。これは私の憶測ですが、ニッカンはいったんその写真をネット上にアップした、しかしその後あれは奇行か病気で公にすべきものではないと判断し、別の写真に差し替えた、なのに写真の脚注を書き換え忘れている。大丈夫か、日刊スポーツ?


昼過ぎの勝利を伝える記事の(撮影・松浦司)と書いてある(撮影・松浦隆司)かもしれない、投了後の写真には堀口七段がいません。ニッカンの記事はこのことについて触れていません。スポニチ、報知では堀口七段が投了後報道陣が来る前に帰ってしまい感想戦が藤井七段一人になってしまったことが書かれています。報知は『堀口は早指し将棋で勝てないと見切ると、早投げする傾向があり』という一文を入れています。
ついでに言えば昼前に決着が付いたことで藤井七段が頼んでいた昼食はどうなったのか、一時期話題となった「将棋めし」についてもニッカンはスルーです。スポニチでは『支払は済ませたものの昼食はとらず、そのまま帰路についた』とし、報知は『結局は食べずに帰路についた』の後に『藤井はお金だけ払い、奨励会員に「よかったら食べてください」と、ごちそうした』と締めています。
hochi.news
食事の写真まで付けています。この対局だけに関していえば、web上で最も詳しく伝えているのは報知で、ニッカンはおざなりというかなおざりというか。


それで、紙面ではどのように伝えられたのか。
7月3日付の社会面に『スピード連勝 藤井七段』という記事が載っています。文章は昼過ぎの『藤井七段「あまりない形」堀口七段にスピード勝ち[7月2日 12:34]』と同じ。写真はありません。


改めて時系列順に並べ変えましょう。憶測込みです。

  • 11:02 Yahoo!ニュースに『人為的ハプニング』の記事を配信。たぶんニッカンスポーツ・コムにもこの前後の時間にいったん上がったはず。
  • 11:33 共同通信から配信された『藤井七段が異例の午前中勝利 堀口七段が早々の投了』を上げる(記事のURLの数字の末尾が253)。
  • 12:11 Yahoo!ニュースに後述の『スピード勝ち』の記事を配信。これも『最終更新:7/3(水) 20:08』。
  • 12:34 自社記事『藤井七段「あまりない形」堀口七段にスピード勝ち』を上げる(記事のURLの数字の末尾が267)。翌朝の紙面に載ったのもこの文章。
  • 12:34 『人為的ハプニング』の記事が上がる(記事のURLの数字の末尾が220)。『人為的ハプニング』の写真もある。
  • 17:22 自社記事の『藤井七段が異例の午前中勝利 堀口七段が早々の投了』を上げる。内容は『スピード勝ち』と『人為的ハプニング』のミックス。
  • 17:24 『藤井七段厳しい表情 堀口七段が人為的ハプニング』が再アップ(記事のURLの数字の末尾が220)。その後『人為的ハプニング』の写真が当たり障りのないものに差し替え。Yahoo!ニュースは『最終更新:7/3(水) 14:37』。


なんと、web.archive.orgで調べたら、出てきました。『スピード勝ち』の記事と同じ12:34の時刻表示で、しかも写真付き。ただし後ろを向いているので表情は分かりません。ふざけておどけているのだろうという感じはなんとなくわかります。この記事のsnapshotが7つも記憶されているということは、この記事に興味を持った人が多かったのか、記事が時々刻々と変化していくことを見越していた人がいて変化するたびにコツコツ保存ボタンを押していた人がいたのか、どちらなんでしょう。なお、ニッカンのサイトから消された『人為的ハプニング』の写真はネット上には出回っているようです。
なお、『藤井七段が異例の午前中勝利 堀口七段が早々の投了』という同名の記事がある件なのですが、実はURLの一部が違っています。

  • 共同通信が配信した記事:https://www.nikkansports.com/general/news/201907020000253.html
  • ニッカンの自社記事:https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/201907020000253.html

一般の記事を表すgeneralの後にnikkan(ニッカン)と入っているのが自社記事のようです。同じタイトルにしておくことで、一報は共同通信のものを出しておき、その間に自社の記事を書き、書きあがったらURLのディレクトリを一段増やしてアップする。これが先日コメント欄で指摘された「間を持たせる」手法のようです。
ただし、今回の事件についていえば、せっかくネット上に新しい記事を書いたのに紙面には反映されませんでした。単にネットニュースとして嘲笑して消費する程度の価値しかなかったということなのかもしれません。
もちろん、Twitterを眺めると将棋ファンの方々は本気で堀口七段の精神状態を心配していらっしゃるようです。相撲の猫だましじゃないけど堀口七段なりに考えての作戦だったけど不発に終わって傍から見たらおかしな人にしか見えなかったというところなんじゃないかと私は思いますけどね。若かりし頃のひふみんが大山名人の場外戦に散々振り回されて疲弊していたのに後から出てきた中原誠さんは全く動じず先に名人位を獲っちゃったとい例もあります。パフォーマンスに惑わされることなく自分の将棋を指し切った藤井七段は一枚上だということなのだと思います。


蛇足ですが、今回の対局を含む、名人戦に挑戦するためのピラミッドである順位戦毎日新聞と2007年より朝日新聞の共催。過去には朝日の単独主催になった時期もあり、それに伴い毎日とスポニチの主催で王将戦のタイトルが創設されたのだそうです。読売新聞は賞金上名人より上位の扱いをされている竜王戦を主催し、報知は女流タイトルで最も古い女流名人戦を主催しています。が、日刊スポーツは他紙と異なり棋戦の主催はしていません。過去には女流王将戦の第16期から第30期の15年間分を主催したようですが、2008年に降りたようです。将棋連盟は棋戦の休止を一旦発表、1年かけてスポンサーを探し「囲碁・将棋チャンネル」の運営会社の主催、霧島酒造の協賛で継続することになり今に至っているのだそうです。
そういう点で将棋から最も離れた立場にいるのが日刊スポーツで、ブームになれば一面や社会面で騒ぎ立てるけど将棋そのものにはそんなに興味は持ってないんじゃないかな。だから八大タイトル保持者がすべてばらけたときは記事になったけど、今年5月に豊島将之王位・棋聖(当時)が佐藤天彦名人(当時)を破って名人を含む三冠になったことをwebでも紙面でも記事にしていない。ほかのところでこの事実を知って紙面を読み返しwebを検索して完全スルーされたことに愕然としたものです。